ベートーヴェン交響曲7番の2楽章

ベートーヴェン交響曲7番の2楽章が好きです。
この交響曲は全ての楽章が好きですが、特に2楽章が素晴らしくて、
ベートーヴェンの全交響曲の中でも最も出来がいい楽章ではないでしょうか。


この曲の序盤は、低弦から高弦に向けて主題を渡していくのですが、
主題の中に、演奏者によって大きく解釈が分かれる部分があります。
ほんの一部の短いフレーズですが、その違いがどうしても気になってしまうのです。

どのくらい気になるかというと、その部分が自分の好みに合わないだけで、
そのベト7の演奏はおろか、全集なら全曲の演奏が嫌いになって即売りに出してしまうくらいで、交響曲全曲の中で最も重要な部分なのです。
いくら他の曲の演奏が良くても、ベト7のここがダメだと全部ダメなのです。あばたもえくぼにはならないのです。

その箇所が、セカンドバイオリンなら53小節目以降の、画像の矢印の部分、
装飾音符とセットになっている「シ・ド・レ」の3音です。

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この部分の演奏には、大きく4通りあると思っています。

 1.穏健派:装飾音符というより、16分音符的に扱う演奏。穏やかに聞こえる。
 2.ノーマル派:装飾音符を装飾として扱うが、あくまで楽譜に忠実で詰めすぎない演奏。
 3.マイルド過激派:装飾を詰めまくる演奏。ただ小節をはみ出ることはない。
 4.過激派:装飾が前の小節まではみ出る演奏。装飾をアウフタクト的に扱う。

自分は過激派アレルギーです。
この部分は、たとえ楽譜に忠実でなくとも、穏健であればあるほど良いと思っています。

もし、お金を出して買った全集が過激派だった場合は、
わくわくをすべて奪い去られたような虚脱感に襲われるのです。

穏健すぎると、装飾音符ではなくただの16分音符になり、
そのあとのDが付点四分ではなくただの四分音符になってしまうのですが、
それでも自分は穏健派を支持します。


今まで聴いた中だと、過激派はあまり多くはない印象ですが、
傾向はどうなっているのか、実際に聴いて調べてみました。

今まで自分が買ったり借りたりした音源を数えてみると62通り持っていたので、
これらを聴き比べて、穏健派から過激派までカテゴリー分けをしてみました。

その結果は以下です。

※演奏全体の速度や演奏法は関係なく、この部分だけがどういう弾かれ方をされているかだけで判断しました。
 演奏が超スピード系でも、ここが16分音符的に弾かれていたらそれは穏健派です。

"https://onedrive.live.com/embed?cid=A5E40DC9572364A8&resid=A5E40DC9572364A8%21282&authkey=AJ55NHSMnkSLSNo&em=2"


演奏によってここまで印象が変わるとは。
上から順番に聴いていくと、穏健派のエリアを聴いた瞬間、その安心感がまるで実家の風呂に入った瞬間というか、
懐かしさのような感覚まで覚えて涙が出そうになります。
穏健派最強のケーゲルなんかは、装飾音符がもはやほぼ完全に16分音符になってしまっています。

意外だったのは、全体の演奏の速度と、この部分の弾き方はあまり関係が無いこと。
サヴァリッシュのように、全体はゆったりとした演奏でも、ここだけ詰めまくりなものもあったりします。
ある意味楽譜に忠実といえばそうなのかもしれませんが。

また、カラヤンの演奏が凄まじい推進力なのに意外と穏健派なこと、
バレンボイムが詰め込んでいたり穏健派だったりとバラバラなこと、等。
人によって一貫したスタイルがあるわけでなく、同じ人でも時期が違うと演奏方法が変わるのが印象的でした。

こうして見ると、シャイ―とヤンソンスというコンセルトヘボウの歴代指揮者が、
過激派の傾向があることが意外でした。
この人たちの演奏は、好きになろうと色々聴いているのですが、なぜか趣味に合わないものが多いです。
(ヤンソンス(RCO&BRSO)の火の鳥とか、シャイ―(LGO)のブラ2とか…。)

他には、バイオリンが対向配置になっているものが多かったのも印象的です。
対向配置は好きですが、全てにおいて良いわけでなく、音がバラついて聴こえてしまうのが欠点だと思います。
特にブラームスなんかは対向配置ではないほうが良いのではないかと思うときがありますが、
ベト7はファーストとセカンドの掛け合いが多いので、この曲は対向配置が効果を上げている例だと思います。


以上、疲れました。